原田 秀逸
( 鹿児島大学大学院医歯学総合研究科 生体機能制御学講座口腔常態解析学分野)

「発育と老化に伴う味覚の変化」

 哺乳動物では、出生と同時に、それまで臍帯を介して行われていた栄養補給が強制的に断たれ、以後は自らの口を介して栄養を摂取する状態に切り替わる。この出生直後からの栄養摂取のために、新生児(仔)には母親の乳首から母乳あるいはミルクを吸って飲み込む吸啜運動と併せて味を感じる機能が完備しており、生命維持に必須の機能として出生時に直ちに活動を始めることになる。味覚を受容する器官は口腔内に多数分布する味蕾であるが、出生時の味蕾分布を口腔機能に関連づけた研究はほとんどなく、特に軟口蓋に分布する味蕾の出現と成熟についてはほとんど知見がなかった。演者らは、この軟口蓋味蕾に注目して、発育に伴う味蕾分布の変化について組織学、分子生物学、神経生理学、行動学的方法を用いて研究を進めている。
 成熟したヒトを含めた哺乳動物の舌および口腔内の味蕾は、大きく5つの部分、すなわち、舌前部の茸状乳頭、葉状乳頭、有郭乳頭、軟口蓋、および咽喉頭・食道上部に集中して分布している。茸状乳頭味蕾は顔面神経の分枝である鼓索神経、葉状乳頭と有郭乳頭味蕾は舌咽神経、軟口蓋味蕾は顔面神経の分枝である大錐体神経、咽喉頭・食道上部の味蕾は迷走神経の分枝である上喉頭神経が支配している。
  ラット、マーモセット、ヒトの口腔内の味蕾分布および成熟の程度を調べた結果から、出生時の軟口蓋味蕾は他の部位に先駆けて成熟しており、哺乳に軟口蓋味蕾が重要な役割を果たすことが推定される。さらに出生後、授乳期間中に軟口蓋味蕾に続いて舌前部の茸状乳頭味蕾が発達成熟し、有郭乳頭や葉状乳頭の味蕾の発達成熟はそれよりはるかに遅れることが分かった。また、電気生理学的および行動学的研究結果は、軟口蓋味蕾を支配する大錐体神経が甘味物質やアミノ酸などの栄養物の味覚受容に重要な役割を果たしていることを示唆している。一方、ラット授乳期の鼓索神経応答を調べると、部位によって成長と共に特定の味覚刺激に対する感受性が変化することが分かった。
  老化の影響を調べてみると、若齢ラットはうま味物質(MSG, IMP, MSG + IMP)に対して顕著な嗜好性を示すのに対して、老齢ラット(20月齢)はほとんど示さないことが分かった。一方、四基本味および甘味アミノ酸(L-Ala、L-Ser)に対する嗜好性には老化による変化が認められなかった。しかし、うま味を媒介することが明らかになっている大錐体神経および鼓索神経応答を調べると、老化による顕著な変化は認められなかった。従って、このうま味嗜好性の老化に伴う変化は中枢レベルで生じている可能性が示唆される。
  これらの結果をもとに、発育と老化に伴う味覚の変化について議論する。